昭和 五十三年 七月 十八日  朝の御理解  


 御理解第 九十七節
 神を拝む者は、拍手して神前に向こうてからは、たとえ槍先で突かれても後へ振り向くことはならぬぞ。 物音や物声を聴くようでは、神に一心は届かぬ。


 大変厳しい、神様へ打ち向かう者の心の状態を、教えておられるのだと思います。ですから、神を拝む者信心をさして頂く者は、神様に、どうぞお願いを申しますと云うて、お願いをしたからには、ね。その願いを貫かなければならない。その途中で、あわやと思うような事があっても、ね。大丈夫だろうかと思うような事があっても、ね。
 又は、人からいろいろ云はれて迷いが起るような事を聞いても、心を動かす事は出来んぞ、一心を貫けよという事にもなるわけですよ、ね。
 これは神様へ向かう、御神前へ向かう、姿勢だけじゃない。あたい共が日常生活の上においても、いわゆる信心生活と云うのは、ね。自分の心を乱さない、迷わない。そいう信心も、私はこの中には含まれておると思うです。拍手して御神前に向こうたならと。
 その為にはやはり、打ち向かうその神様が生き生きとして、水々しいまでのその神様、ね。大祓い信行によって神様が、いわゆる栄養失調になっておるような、神様がね、生き生きとして見える。
 それは神様に云うならば、私くし共が神様にまごころの糧を差上げるから、無条件に私くし共が大祓信行に徹底する、ね。そこから、いうならば神様が生き生きとして見えて、ね。 いろいろな働きの上に現れて下さる。
 為には、自分のなら拝ませてもらう神様がね。それこそ、榊葉も青々と灯す明かりも明らかに、ね。と云うような形の上ですけれども、神様がそうあられなければだめなんです。
 もう掃除だん、いつどんしたじゃ分らん。お三宝はあっち向いたりこっち向いたりしてる。お榊は枯れちござる。もしね、皆さんのうちの神様がそうであったら、それでならどんなに水々しい神様に向う一心を立てようとしても立ちませんです。
 もう、神様の前に座った途端に、神様と交流する程しの神様が太いとか細いとか、新しいとか云うような事じゃないです、ね。神様が生き生きとして見える為には、そういう、一にも神様二にも神様というような生きかたがね、家庭の中に、そういう雰囲気がなからなきゃだめだと。
 そして、神様へ向かう確かに一心不乱の御祈念も出ける。御祈念しよっ時に電話がかかって来る。もう電話の方が気になってたまらん。
 この頃、稲垣さんが、ある用件で始めてのお宅を訪問された。表があかっておるから「もうし もうし」いうて、いくら呼んでも誰も返事がない。けれども、奥の方からはもう何様かはわからんけれども、一心不乱に御祈念しとる。何人かで御祈念をしとられる、丁度その時であった。
 いくら戸を叩いても、「もうし もうし」と云うても、もう、見向きもさっしゃれじゃった。
 私は、神様に向うたらそういう姿勢がいると思うです、ね。御祈念しよる時に探しもんしよる。ありゃあ、何処にあったじゃろうか、ち云いよる。そしたらね。拝みよる人がですね、「ああ、ありゃあ箪笥の引出しの何番目に入っとるばな」ち、云うちからおらびよる。これでは神様に一心は届かんですばいね。本当に一心不乱の姿勢いうものがです、ね。本当に出来なければ、神様もこちらに一心になって下さらない。
 昨日、研修の時にたまたま、私くしの福岡での修行中の時分の、お話しが何からかいろいろ出て。若先生も豊美も、丁度一緒に修行致しとりますから。あの時分の記憶に残っておる事を、聞かしてもらった。やっぱ、いろんな事が記憶に残っておるわけですね。そういう中に、丁度あの矢野先生が、ある時に椛目の愛子に 「親先生の修行中にあなた方はお育ちになったのだけれども、その大変たとえば、辛い苦しい修行をなさっておる。御両親なら御両親に、その時分に、何か感じなさった事はないですか。」と云うて、私くしがお尋ねした事がありました。
 所がね、「そういうものが全然残っておりません。」 と愛子先生が云われた、という話をしておりました。これは豊美にしたところで 勝彦にしたところで、もう本当に子供ながらにも、こんなじゅつない事があるじゃろうかと。親達が貧乏しとるおかげで、こんな苦労せんならんと、思うた事はなかったとこう云う。
 それでその時分の、例えば、まあ福岡時代から椛目へとその時分。人がどんどん助かるようになってからの、椛目の様子というものを申しますと。まだこのアスファルトが無かった。だからもう自動車がいっぺん通ると、いま拭き清めた床間がもうざくざくするごつなる。
 参って来る毎に拭きますからやっぱびかびかしよりましたけれども、ごみだけはざくざく。
 そしてすぐ裏に、ほんのすぐ裏に牛小屋がありました。それからすぐ道を一つ、今、中島さん達が居られる所に、何匹も豚が飼うてございましたから豚小屋と、牛小屋がありますもんですからそれこそ、蝿がわんわんするごとおりました。
 私くしがこうして、夏なんか、御結界についとりますと、私くしの背中は蝿でいっぱいになって、羽織りには蝿の糞がいっぱいついとりました。
 それに、青びょうたんのごたる病人が、何人も修行しよります。とても「あげな 病人が居るけんで、えすか」とか、「あげん不潔な所はなか」とか例えば「いつも ざくざく して気色の悪うして座っちゃおられん」というような人はひとーりも居なかったと云う事。
 やっぱり、当時の椛目に参って来る時は、女の人なら羽織りがけ、男の方はちゃんとネクタイ締めて参って来てたです。
 そいう不快とかですね、その不潔とか、汚いとか、とてもあげな粟粒結核というようなえすか病人が居る所に、あげん所には参らんと云うた者はなかった。とにかくそういうものを全然感じさせなかったという事なんです。
 あの時分お参りになった方達がそうじゃろうと思うんです。だから「愛子先生、あの時分の事はあんたが一番知っとるけんで、どげなふうじゃったの、」もうそげなものはなあにも無かった。ただ御理解を頂く楽しみ、いわば信心の稽古に通わして頂く、ただ有難いばっかりじゃった。
 結局それはどいう事かと云うと、私くしの有難いの一念がそういう雰囲気を作っとったと。
私くしがいつも申しますように。もう修行も、もう修行もは、あげな修行せんなんならどんなにじゅつなかろうか、と相手に感じさせるような修行ならつまらんばい。どういう修行しよる時でもです、相手に生き生きとしたものを感じさせるような、信心修行じゃなからなきゃ修行の値打ちはない。
 とても親父の、あの修行ば見とるなら、とても金光様の先生やらてなんた、なられんち。子供どんが思うようなこつじゃでけんち、そんな修行じゃつまらないよと、ね。汚い物も不潔なものも、ごみのすることも、例えば恐いな病人が、そこにいくらも寝たり起きたりしておると云うような中にあっても。
 あの時分の椛目には、それこそ、門前市をなすような勢で人が集って来ておる。助かっとるから。それは結局、私くしのいうならば、有難いの一念がそういうものを感じさせなかったんだ。
 いうならば、私くしは今日の御理解から云うと、日常の生活そのものが一心不乱であったからだと思んです。そこから、神様も、又 一心不乱に私を教導して下さった。
 ま、その時分のいろんな修行の、思い出して昨日は、そのことを話させて頂いた事ですけれども。ようも、今から考えるとようもあんな所を通ったと思うけれども、その時はひとつも苦しい事でも悲しい事でもなかったという、ね。だからもう一心不乱になれば、そういうおかげが受けられるという事なんです。
 昨日、合楽会の時でしたでしょうか、前の日の、壮年信徒大会のいろんなもようを聞かせて頂いた時に、誰かがこう班別懇談の時に、親先生が最近 『土からい出て土に還る』 という事を云われるが、親先生はあの理屈を知っとるなさるとじゃろかと。
 大阪に今度お話に行きなさるとに、あげなこつ云いよんなさった。なら、それば科学的なら、科学的に説明せろと云われたら、親先生はどげんしなさるじゃろかと。ほんなこて、土から出て土へ還ったっじゃろかと、いうような質問があったという事です。
 私しは、それを聞いて、私しも知らんもん。だからそげなこつは、ただ神様からあの御理解を頂いた時には、丁度人間大の粘土、泥でね。こう人型に作って、それを誰かが見事な目鼻をつけておる、いわば彫刻しとるようにね。ような情景を頂いて、あの御理解を頂いたんです。そげなこつは私は知らんばのち。そげなこつどん質問されたらどんこん出けんのと、云うたもんのです。
 私くしの話は、どこまでも助かる事に繋がる、私くしの話を聞いてあれはあげなこつ云いよるが、相手に理屈どん感じさせるような話じゃ、自分じゃないと思う。
 親先生が云いござりゃ、はあそう、ほんなこつ土から出て土に還っていくたい、ほんに成る程、親先生が云われるように、その道中とてもやっぱり土の性なる事が一ばん道理にあう事たい、というようなものを私は思わせれるがねと思うがねと、私くしは話した事でした。一心不乱だから理屈なんか相手に感じさせんわけです。ね
 そして、その後に私は思うたんですけれども、なら粘土をこうやって捏ね上げ泥を、あれは泥だけじゃない、やっぱり水で捏ねてですから、これは水から出て水に還ると云ってもいいと、私くしは思いました。それで、なら水の性根を自分達の信心の上に、それこそ低い所へ低い所へと下がっていくのが水の性根であり、どいう器にでも従ごうていくというのが水の性根である。
 だからこれは、ははあ水の性根が天の心ならば、ね。地の心が土の心だなあと。してみるとこりゃあ水心の、ね。云わば性根というものを身につけていかねばいけないなあ、といったような事を。そんな事を聞いて、新たに思った事でしたけれども、ね。
 赤ちゃんなんかの体というのは、九十何パーセントが、水だそうですね。残っとるのは土なんです、私くしはそういうふうに思います。
 昔の御理解に『地真水心』と云う事お頂いた事がある。地の真、水の心ね、又は『天真地心』という事も頂いた。これも天の真地の心。成る程、天の心も地の心もやはり真だという事です。天の心は限りなく美しく、しかも無条件に、しかも与えて与えてやまない、これが真だとこういうている。
 なら地の心が真であるという事もですね、お恵を受けるという心ですから真です。どういうものでもじっと黙って、それをお恵と、ね。恩恵と思うから黙って受ける。これが真の受け方、これが真です。だから地の真でもあり天の真でもある。そこに水心、水の心であり云うなら地の心という事にもなります、ね。
 そいうような信心を私くし共は心を乱さずにです、そいう信心の体得に性根を、そこはかけさせて貰う為には、ね。
 先日、あの久留米の市長さんが書かれたという、なんか日本タオルに『天楽克己』と書いて配っておられる、それを久留米の井上さんが貰っておられて、それを見せて頂いた事があった、ね。
 成る程、先生が合楽精神、合楽精神ち云う事を壮年信徒大会の時に、きのうビデオで改めて又見たり聞いたりさせて頂いた事です。夕べの合楽会議にね、それにこれこそが合楽精神です、ね。水と緑の町云うならば、和を中心にした町。そいう、ま、信念の元に、久留米市政の上にたずさわっておられるという事ですけれども。成る程、それこそが合楽精神だというふうに、何回も、繰り返し云っておられます。
 だから、合楽精神とは、生き生きとした水のような緑のようなそれでいてそれを、一切を、ね。円う受けずにはおかん、円うせずにはおかんという、その心が合楽精神だと。だから確かに本当な事を云うとりなさるね、というて話した事です、ね。
 だから天が与えて下さる楽でなければいけない。それにはまず私くし共が『克己心』です、ね。どいう事にもへこたれない、ね。真一文字に進めれる克己心を養うていかねばならない。そこには一心不乱がいわば求められる。そこから頂けるのが、地真水心であり、天真地真の心が心の中に頂けてくる、ね。
 そいう云うならば、信心をさせて頂いておるのでございますから、ね。私くし共が例えば、神様へ向かう姿勢もそうであるならば、私くし共がその、信心生活、その家業の行、家業の行に取り組む姿勢も、又、そいう一心不乱のものがなからなければならない。
 それはどういう場合であっても、『地の真、水の心』『天の真、地の心』を頂き現していけれる。もうそこに信心生活 極まるという事に なるのじゃあないのじゃないでしょうか。
 そこに心を動かしてはならん。どういう事があってもそれを真でこれは真として受けていかなければならない。どういう場合であってもあれがあれ、あんなだから、これはこっちとは思わずに、やはりそういう物に人にでも、やっぱ与えて与えてやまない美しい心が必要だという事になります。
 今日は『九十七節』をいうなら、私くし共は拍手を打って御神前に向こうてからの姿勢も、こうでなからなければならないが。ひとたび御神前を離れて、いよいよ私共が信心生活。いうならば家業の行に取り組ませて頂く姿勢も、又そうでなからにゃならんという事を聞いて頂いたんですね。                                                  『どうぞ』